念願のフィアット500を手に入れるまで

私は、子供の頃から車が大好きです。
父親が車好きで、その影響で私も車にずっと興味がありました。将来なりたい車を子供の頃からずっと考えていました。


ルパン三世も子供の時から好きでした。
ルパン三世の愛車の中にフィアット500が登場します!


なんだこの車は、可愛くてとてもタフ!私はフィアット500を意識するようになり、父親にネットで検索してもらっていました!フィアット500はイタリアの自動車メーカーフィアットのコンパクトカーです。ルパンが乗っているフィアット500は2台目のものでした。
2台目フィアット500をもちろん意識していましたが、当時からなかなかレアな車種で、父は辞めとけと言っていたのを今でも覚えています。

高校生になった私は、地元の工業高校へ進学しました。自動車の整備士になりたかったのです。

晴れて高校生になった私は、授業で車に触れることがありとてもワクワクして授業を受けていました。しかしエンジンの中を見たら車の下に潜ってみたり。何か違うなと思いました。

私は車を直したり、エンジンや中身を見ることに興味はないんだなと実感しました。エンジンをいじって真っ黒になりながら車を直していく。私は潔癖症なのです。

真っ黒になる手をみながら、私は車を直したいんじゃないんだ、中身じゃなくて外見がすきなんだと思いました。子供の時から自動車の整備士になろうと工業高校まで行った私は夢を失ってしまいました。
新たな夢を探そうと高校生活を送っていた私は、ネットであるものを見つけました。
それは、フィアット500がフルモデルチェンジして3代目フィアット500が発売されたのです!

とてもキュートで洗練されたデザインだなと心惹かれました。似た車で、ミニやビートルがライバルとして名前が上がり、ミニやビートルも大好きでしたが私の中ではフィアット500が群を抜いて好きでした。
私は高校を卒業して免許を取ったら、この車を所有しよう!と心に決めました。
街で3代目のフィアット500を見かけるために目を引かれて走り去るまでまだ追いかけました。
やっぱりこの車しかない、早く欲しいと言う思いが募るばっかりでした。
そんな高校生活を送っていた私に、ある問題が起きました。我が家は代行運転を自営業でしていましたが、代行運転の規制がかなり厳しくなってしまいました。

色々登録が必要になったり、車に様々な表示をしなくてはいけなくなったり。とても個人で営業していた父では代行運転を続けることが出来なくなってしまいました。
廃業を余儀なくされた父は、47歳だった父は廃業してから、働こうとはしませんでした。
今まで社長としてやってきた父はプライドがあり、企業に就職することはしませんでした。

ずっと働かず家にいて、飯を食ってただ寝る。という生活を続け、たまにアルバイトを始めてはすぐ辞めて帰ってきていました。一生懸命働いていたかっこいい父の姿は無く、ただ鬱陶しい存在になりました。
廃業の時にかなりお金を使ったみたいで、うちの家系は火の車でした。母は働きました。

朝も昼も夜も。家で母の姿を見ることがほとんどなくなり、たまに家にいるなと思うとリビングのダイニングテーブルで寝ている姿ばかりでした。

私は、高校生卒業したら、車関係の専門学校にでも通おう思っていたのですが、学費を払うことは無理な状況でした、それどころか私は早く働いて家系を救わなければいけない状況になってしまいました。

部活を辞めてバイトに明け暮れる日々が続きました。ずっと手に入れたかったフィアット500は免許を取っても所有することが出来ないだろうなと薄々思い出しました。

進学を考えてた私は急に就職活動を始めないといけなくなり、学校に来た求人の中から必死に車関係の仕事を探しました。やはり仕事は車関係がかったのです。
高校を卒業したら、東京に行きたかった私ですが家を出る訳にはいかず働いて家にお金をいれなくなり、家から通える自動車関係の仕事を探しました。
すると求人の中から、良さそうものを見つけました。
家から車で20分ほどのマツダの協力会社でした!

その会社はマツダ車の排気系部品を作る会社でした。マツダの協力会社ということは、マツダ車しか乗らないということです。入社するまで知りませんでした。
車通勤の私は、何かマツダ車を買わないと。と思い1番近い中古車屋さんに行きました。
マツダ車はありますか?とセールスさんに尋ねた所、一台だけマツダ車はありますよ!との事で展示場に見に行きました。

その車は初代マツダのデミオで35万円の価格がつけられていました。

シルバーの車体にド派手なエアロが付いていました。マフラーも大きいものに交換されており、変な車だなと思いながらも、これ下さい。即決でした。

嫌だったけどマツダ車ならどれも同じだと思っていました。2週間ほど経ってその車が無事に納車されました。そんな車でも私の車人生の第一号。
その頃はまだヤン車と言われる改造車が多く、シャコタンデミオも、そこそこ満足していました。
しばらく働いて、仕事も慣れて来た私はドライブを楽しめるようになって来ました。
そんな中街中で見かけるアイツの存在が忘れられませんでした。

うちの近所には、フィアットのディーラーがあるためか、近所でも結構フィアット車が多いのです。とは言っても、ミニやビートルなどのライバル車よりは遥かにタマ数は少なかったです。

デミオを買って2年程経った頃から、35万円のデミオは故障続きになって来ました。
マフラーが急にもげたり、ミラーが勝手に折りたたまれたり。故障が続くと愛着が薄れて来てしまい、車の買い替えを考えるようになりました。
もちろん、大本命はフィアット500でした。
ですが、スノーボードやキャンプなど好きな私は実用性ゼロのフィアット500を買うか悩む事もありました。
ミニには、クラブマンやクロスオーバーと様々な用途で使えるシリーズがあり魅力的に思えて来ました。

ミニを1番初めに試乗したのですが、個性的なデザインなのに街に溢れかえるミニに、やはりこれは如何なものか。クロスオーバーなんてかなりの巨大な車体でミニである必要はあるのか?ヴェゼルあたりで良いのではないか?と思ってしまいました。迷いながらもその足でフィアットのディーラーへ向かいました。

あーこれこれ!やはりこのキュートな見た目!変に実用性を意識した日本車のコンパクトカーとは全く違い思いきったデザインで好感がもてます。

そしてイタリアメーカーならではのおしゃれな内装!私の狙っていたシリーズは500cという、コンバーチブルモデル。

青いボディにベージュの幌が何ともおしゃれでした。ミニやビートルに全く負けないデザインでした。むしろ私の中ではダントツ。35万円のデミオと同じようにそのまま契約しました。

 

契約してからというもの、毎日胸の高鳴りが収まりませんでした。やはり妥協しなくて良かった。本当に欲しいものを買うというのはこういう事なのかと思いました。1ヶ月程してフィアット500は納車されました!

納車時ディーラーからシャンパンをプレゼントされました。完璧。と思いました。
もちろんそのままドライブ!対向車のドライバーが皆私の車を見てるように思えました。女子高生が、かわいい!と言ってくれ、小さい子供が手を振ってくれました!たかが車でこんなに世界が変わるのかと驚きました。

その翌月のゴールデンウィークは京都にフィアット500で行こうと計画。6時間かけて京都に到着すると京都でもフィアット500は大人気。外人旅行客に声をかけられ、写真を撮られで沢山の出会いがありました。


その中でも1番嬉しいのは、同じフィアット500ユーザーとすれ違う時手を振ってくれたのです!
そういうオーナーさんが結構居てフィアット500ライフは本当に充実したものになっています。

燃費がよく平均19をマークし、遠出してもかなりお財布優しく875ccの為自動車税も3万円以下。コストパフォーマンス抜群なのです。ミニではこの満足感は得られなかっただろうと実感する日々。国産のコンパクトカーにも引けを取りません。


冬には、私の趣味のスノーボードの板も意外と乗ります。
夏には、屋根を開けてオープンで走ると爽快感は何とも言えません。通勤も楽しくしてくれたのです。

2年半乗って居ますが、まだまだ乗るたびにワクワクします。私はこの車を20年は乗り成人になった息子に譲るのが夢です。